□ 晩酌と竹馬の友 □
故郷に里帰りしてきた童虎から土産として、銘酒をもらった。
せっかくもらった銘酒は、1人で飲むのも味気ないので、そのまま童虎と私室でゆっくりと飲む。
が、いつもの童虎の惚気話を聞かされると、せっかくの銘酒の味も半減しそうだ。
「春麗は、本当に良い娘に育ったのう。清くて心優しい、それに料理も上手じゃ」
「そうか。しかしまさか、童虎が赤子を育てきるとはな……」
「はははっ!人生何があるか、本当にわからんもんじゃな!」
豪快に笑う姿を見て、たしかに人生とは摩訶不思議なものだなと苦笑する。
「赤子の頃はな、本当に苦労したもんじゃ……普通の子育てなど一度もしたことがないしのう。聖闘士を育てるのと違って、なんというんじゃ……感覚?が、少しばかり違ってのう……ずいぶんと手間取った。だがな、初めて名前を呼んで貰えた時は、嬉しくてのう……もう、可愛くて可愛くて仕方なかったわ」
しんみりと話す童虎を見て、親馬鹿という文字が浮かんだが、言わずに言葉を飲み込んだ。
「それだけ溺愛しておるということは、嫁に出す時が大変そうだな」
「いや、それは心配要らぬ」
「ほう、もう良い相手を見つけておるのか」
「そんじょそこらの馬の骨になどくれてやるつもりなど毛頭ない。だが紫龍なら別だ」
どこかで聞いた名だなと記憶を辿ると、たしかペガサスと仲の良かった聖闘士の名前だと思い出した。
「……たしか、童虎の弟子で龍座の聖闘士だったか……」
「うむ、そうじゃ。紫龍もなかなかの男じゃ、あやつになら春麗を任せられるというものじゃ」
童虎は両腕を組み、満足気に頷く。
たしかに自分の愛弟子に預けた方が、信頼が置けていいのかもしれない。
「のう、シオンよ……帰りを待っておる者がいるというのは、とても良いものじゃよ」
「……ああ、そうだな」
ふいに遠い昔、まだアリエスの聖闘士として白羊宮を守護していた頃を思い出した。
任務から戻ると、いつも出迎えていてくれた暖かで穏やかな笑み……時がどれだけ経とうが色褪せることの無い記憶。
「シオン、おぬし……」
童虎が躊躇いがちに口を開いた時、扉を数回ほど叩く音がした。
教皇の私室に尋ねてくる者は、よほどの急な報告か用事を申し付けたものくらいか。>
そういえば、今日は巫女の侍女からの定期報告があるはずで、それがまだ終わっていなかったことを思い出した。
「教皇さま、アイカテリネでございます」
「ああ、おぬしか。入っても良いぞ」
「こんな時間になんじゃ?」
夜もずいぶんと深まっている時間に、女の声がすれば童虎も気になるようで扉の方を見る。
静かに開かれた扉から、銀色に近い鉛色の髪の侍女が姿を現した。
一礼すると部屋に入り、すぐ傍らまで来ると膝を床につき傅く。
「巫女の侍女だ。何かあってもすぐに対処できるように、定期的に報告させている」
「シオン、何をやっておるんじゃ……過保護もここまで来ると、病気の一種じゃのう」
さきほどまで、さんざん惚気ていた者のが何を言ってるのかと、少し呆れ気味に溜息をついた。
「童虎……おぬしには言われとうないわい。で、アイカテリネ……巫女の周りで不審な行動をする輩はいなかったか?」
「は、はいっ。わたくしの見たところでは、周囲にはお変わりもなく、普段どおりでございます」
「外出などもしてないということか……」
「はい。聖域内を移動することはありましても、聖域からは出てはおりません」
もう勝手に聖域を飛び出すこともないだろうとは思うが、一応のため確認する。
そういえば以前、巫女がムウと墓参りをすると言っていたことを思い出した。
まさかと思いつつ、ありえないだろうと打ち消したいが……確認せずに入られなかった。
「そうか……。なら、聖域内ということだが、範囲は白羊宮までなのか?」
「白羊宮でございますか?いえ、アリエスのムウさまとは……仲が宜しいようですが、白羊宮までは足を運ばれてはおりません」
なぜそんなことを聞いてくるのか疑問に思っているらしく、侍女が不思議そうな顔をしていた。
それよりも、いつのまにか巫女がムウと仲良くなっていることに驚いた。
「ムウと?……余の記憶に間違いが無ければ、巫女はムウのことをあまり良く思ってはいなかったはず……むしろ、嫌っていたようだが……?」
「わたくしが侍女を仰せつかった時には、そのようなことはございませんでしたが……」
2人の間に何かあったとしか考えられなかった。
まあ、巫女が一方的に嫌っていただけなのだが……どう考えても、巫女から歩み寄る可能性は、ほぼゼロ。
なら恐らく、ムウから歩み寄ったのだろうか……あのムウが自ら?いやよく考えれば、2人とも小さい頃は仲が良かったことを思い出した。
童虎の方もムウと巫女の関係が改善されていることには、少しばかり驚いたらしく口を開いた。
「なんじゃ、巫女とムウはもう仲直りしたのか?」
教皇の私室に童虎がいたことに今更になって気づいたらしく、侍女は少し驚くように目を瞬かせていた。
「え、あ……童虎さま。さようでございますね」
「なに、仲良きことは良いことだしのう。……シオン、お主さっきから眉間に皺がよっておるぞ」
「……ほうっておけ」
眉間の方を指差す童虎を冷たくあしらうと、お猪口に残っていた酒を一気に煽った。
ムウと巫女の関係が改善されたのは、良い事なのだが、あまり喜べる事態ではない。
巫女とムウの間に芽生える感情が友情のようなものだったら良いが……だが、もし恋愛感情なら、話は別だ。
たとえ愛弟子であっても、かなり複雑な心情だが、譲れないものというものがある。
「おぬしが巫女にどんな感情を抱こうが、何も言わんが……少しばかり拘束しすぎではないか?」
「……巫女は、隙だらけで危なっかしいところだらけだ……誰かに手篭めにされてからでは、手遅れだぞ?」
「手篭め?……はははっ、気にしすぎじゃ!巫女は、おそらく強いぞ?」
たしかに童虎の言うとおり、巫女は聖闘士であることもあり、よほどのことがない限り負けはしないだろう。
しかも小宇宙の量からして、同じ聖闘士と戦っても勝ちそうだ。だがそれは小宇宙の話であり、まだ黄金の域には達していない。
「強いといっても、まだセブンセンシズにも目覚めておらんではないか。もし、万が一……黄金聖闘士に襲われでもしたら、かなうと思うか?」
「アテナを守る黄金聖闘士が、アテナの巫女を襲うのか?ちと考えすぎではないか?」
何度かかなり危険な状態になり、襲いかけたことを思い出すが、それを話すと余計に童虎が煩くなりそうだったので言わずにいた。
そもそも巫女の私室で2人きりで色々と教えていると、かなりの理性が必要で、どれだけ大変だったか。
まして教皇である自分がこの調子だ、巫女を異性として意識している黄金聖闘士なら、どれだけ危険か。
「もしもの話だ!それに黄金聖闘士は全員が男ではないか!それをあのような服装で……服?」
よく考えれば、あの服装は極めて不味いのでは?と、気づいた。
実際に、勉強を教えている最中、細く白い首筋に何度か目を奪われたことはある。
しかも髪を結い上げている時など、うなじから胸元まで妙な色気を放っていて、誘っているようにしか見えなかった。
「…………新しい服を、用意せねば」
よく考えれば気づくことだった。他の黄金聖闘士も同じ事を思っていたかもしれないという可能性に。
「シオン……いきなり何を……頭の中にボケの花でも咲いておるのか?」
「咲いてなどおらぬ!いたって本気だ!そもそも、あのような服装は露出度が高すぎるではないか!」
酒の勢いもあるせいか、決意するように拳を握り締める姿だけは極まってしまい立派だった。
「……なんとかは盲目というが……まさにその通りじゃな。のう、おぬしもそう思わぬか?」
「え?!あ……その、それが巫女さまのためなら……異論はございません」
なぜか、どこか恥ずかしそうに頬を染めながら肯定する侍女に、童虎が驚きのあまり呆けたような表情で侍女を見つめた。
「アイカテリネもこう言っておるではないか!よし、ではすぐにでも新しい服を手配いたそう!服のデザインは余が決める。もちろん、異論は認めぬ」
「はい!かしこまりました!」
「うむ、それで良い。そろそろ衣装部屋も必要になる頃だな……そちらも準備せねば」
巫女馬鹿が2人に増えておった……と、童虎が呆れるように呟いたが、2人の耳には入っておらず、巫女の身の回りのことの話が着実に纏まっていった。
それを半ば呆れるように聞きながら、残りの酒を童虎が1人で飲み始めた。
fin.