□ 羊と羊と羊 □
言われたとおり貴鬼が白羊宮に帰ってみると、ムウもちょうど外から帰ってきたようで白羊宮に入るところだった。
貴鬼は見つけれたことが嬉しくて、思わず走り寄るとムウが貴鬼の存在に気づき歩みを止めた。
「ムウさまーっ」
「貴鬼、来ていたのですね」
急いで走り寄るとムウの両手で抱えあげられていた袋に視線を向ける。袋の隅から銀色に光る砂が微量に零れ落ちていた。
貴鬼はそれが修復の材料だと気づくと、荷物持ちをするためにムウが持っている袋を両手で掴むと袋を受け取る。
「はい!さっき巫女のお姉ちゃんに会いました!」
「どうでしたか?」
「ムウさまの言うとおり、とても素敵なお姉ちゃんでした!」
貴鬼は巫女が優しく微笑みながら頭を撫でてくれたのを思い出した。
とても優しくて綺麗で、なんだか甘い香りがしてドキドキした……それにシオンさまに色々と言われた時も、庇ってくれたことが嬉しかった。
いつかきっと、立派な聖闘士になってお姉ちゃんを守るんだと心の中で決めた。
「そういえば、貴鬼はいつからここに?」
「え~っと、お昼ぐらいには到着したんですけど……ムウさまが居ないから12宮のどこかにいるかもと思って、オイラ12宮を上がっていったんですよ。それで上の教皇の間の辺りを歩いていたら巫女のお姉ちゃんとシオンさまに会いました!」
「なるほど……そういえば貴鬼はシオンと直接会うのは初めてでしたね。シオンは、どうでしたか?」
いつかは紹介しないといけないと思いつつ、結局はそのままだったので少しだけ気がかりだった。
貴鬼はさきほどのシオンとの会話を思い出して、少し恐縮してしまう。
「なんだか少し怖い方でした……」
「ほう、怖くて悪かったな……」
「うっ、うわぁぁっ!シ、シオンさま?!」
背後から不意打ちでシオンの声が聞こえ、貴鬼は飛び上がって驚いてしまった。
貴鬼が恐る恐る振り返ると、腕を組んでいるシオンと目が合った。
思わず固まってしまうと、シオンは少しむっとした表情で貴鬼を見る。
「人を化け物を見るような目でみるのではない」
「ご、ごめんなさい……」
貴鬼が素直に謝ると、シオンは視線をあさっての方向へと視線を移動させた。
ムウはそれを見て、相変わらず素直じゃないなと思い、苦笑してしまう。
「全く、気配くらい読まぬか」
「ほぼ気配を絶っていた人が言うべき言葉ではないと思いますが……」
「フッ……それを読み取るのも修行の一環ではあるまいか」
また無茶なことをとムウが心の中で思っている最中、貴鬼は貴鬼でシオンの発言を真に受けて困っていた。
「それでシオン、白羊宮まで来るのは珍しいですね……何かありましたか?」
「ふんっ……別に何も無いが……。少しばかり、そこの小僧に用があってな」
いきなり話を振られ、貴鬼は驚いてしまう。
ムウもいきなりのことで思わずシオンにつられるように貴鬼の方を見る。
「オ、オイラにですか?!」
「うむ……さきほどは、その……」
貴鬼はまた何か言われると思い固まっていると、なかなか話が始まらない。
シオンの態度も、さきほどまでと違って歯切れが凄く悪い。しかも目が泳いでいる。
「すまなかったな……」
シオンの発言に、驚きを通り越した衝撃を貴鬼とムウの二人に与えた。
まず謝るという言葉から遠い位置に居そうなシオンが、ばつが悪そうに謝る。
ムウにいたっては、どこかで何か変なものでも食べたのかもしれないと本気で考え込んだ。
「またどこで何を食べてきたのですか?」
「何も食べてきてはおらぬ……ただ、巫女が余が少しばかり厳しすぎると言っておったのでな。もしや相当厳しいことを言っていたのかも知れぬと思ったのだ」
シオンは巫女に"厳しすぎる"と言われた事をよほど気にしているらしく、ムウの少し失礼な発言に気づかずに普通に応えた。
「まあ、たしかにシオンは少し厳しいところがありますが……巫女に指摘されて気づいたんですか?」
「やはり厳しかったのか……余は、てっきり周りが甘いだけだと思っておった」
「一度教えたことは、完璧に一回で覚えろとずいぶん無茶なことを私の時には言ってましたよ?まあ、そのおかげで早々と黄金聖闘士まで上り詰めたのですが……」
貴鬼はなんだかとんでもない話を聞いたような気がして、自分の師がシオンではなくてムウでよかったと不謹慎にも思ってしまった。
「ムウの場合は、飲み込みが早かったのでな。教える側としても、つい楽しくなってきたのだ……。ああ、そうだった……それより巫女を見なかったか?来客が帰ったのでな、巫女に伝えようとしたら私室には居ないようだったのでここまで探しに来たのだが……ふむ、もう一度巫女の部屋を見てくるとするか……」
どこか呆れたようなムウの視線にも気づかずに、シオンは次の行動を考え始めた。
「シオン、実は巫女探しついでに謝りに来たのですね……」
「むっ、謝ったことにかわりはない。では、余は戻るが……もし巫女が着たらアテナが待っていると伝えといてくれ」
「わかりました。見かけたら言っておきます」
ムウの返事にシオンは満足そうに頷くと、そのまま白羊宮を立ち去っていく。
後に残ったムウと貴鬼は、シオンが慌しく立ち去った後を眺めるようにたっていた。
「巫女のお姉ちゃん、凄いなぁ……あのシオンさまに謝らせるなんて、普通の人には到底出来ないや」
「ほぼ巫女探しのついででしたけれど……まあ、普段のシオンからして相当珍しいことですね」
貴鬼はふいに巫女を思い出し、また会いたいなぁと思ってしまう。
どこかぼーっとしている貴鬼に、ムウは初めて巫女と出会った幼い頃を思い出した。
あの頃は幼すぎて、それがどういった類の感情か解っていなかったが、成長と共に気づいた。
きっとこの弟子も、あと数年もしないうちに気づいてしまうだろうと思った。
「ああ、そいういえば貴鬼。巫女は、もう予約済みですから」
「予約済み?ムウさま、それってどういう意味ですか?」
「お前も、いずれ成長すれば解りますよ」
ムウはいつもの笑みと違い、くすりと微笑むと白羊宮へと進んでいく。
貴鬼は一瞬きょとんとすると、言葉の意味を深く考える前に、慌てて後を追いかけた。
その言葉の意味を知るのは遠くない未来で、意味を知った時には淡い初恋が儚く散って痛みを残しただけだった。
fin.