□ 友としての頼み □
天秤宮にある童虎の私室に訪れると、童虎は珍しい訪問者に少しばかり驚くがすぐにお茶の用意をして席を案内した。
互いに席に座ると、童虎は屈託ない笑みを浮かべた。
「珍しいこともあるものじゃな、おぬしがここを訪れるとは……」
「ああ、そうだな。教皇となってからは、いつも私の私室か教皇の間に呼び寄せていからな」
小さな茶器に手を伸ばすと、香ばしい匂いが漂ってくる。
口に含むと、少しの渋みと共にさっぱりとした味が口内に広がった。
馴染みのあるお茶の味に感化されるように、黄金聖闘士として過ごした懐かしい時を思い出した。
「昔はよく、こうして話したものじゃ……」
「そうだな。……もうずいぶんと月日が過ぎたものだな……」
あれから教皇となり次の聖戦に備え、そして童虎は魔星を監視するため、それぞれ己の道を歩んだ。
いくら道を分かとうとも、同じ志を持った友であることに変わりは無い。
ふと感慨に耽っていると、童虎の方が先に口を開いた。
「シオン、なにか用事があってきたのじゃろう?」
「巫女の、護衛を童虎に頼みに来たのだ」
童虎は少しばかり驚いたように何度か瞬きをすると、不思議そうに首を傾けた。
「別にわしじゃなくても、おぬしの弟子のムウがおるじゃろう?」
「それか……私も最初はムウに頼もうと考えた。だが、ムウと巫女は幼馴染だったのを思い出したのだ」
「そうじゃが……仲が良いのは良いことじゃろう?」
「いや、大問題だ。この間、巫女の侍女が言っておっただろう?巫女とムウは仲直りしておると……小さい頃から見知った相手なのだぞ?そんな相手を護衛につけるなど、どう考えても今以上に仲良くなる」
巫女が幼い頃、母に連れられよく白羊宮に遊びに行っていたのを思い出す。
白羊宮が聖域の入り口から近いこともあるが、弟弟子にあたるムウを巫女の母は、とても気にかけていた。
そのせいか聖域に滞在している時の遊び相手にと、ムウと巫女を引き合わせていた。
よく幼いムウが戸惑いながら、それでも幼い巫女と共に戯れていたのを覚えている。
「考えすぎじゃろう……だったら、自分で護衛すれば良いではないか。なにもわしに頼むしつようもなかろう」
「できるものなら、とうにしておる……できぬから、こうして童虎に頼んでいるのだ」
自分の立場は自分が一番理解している。ただの聖闘士なら、自身で考えてある程度は単独行動もできる。
けれども今は違う。聖域を担う者として、統率者として、聖域全体のことを考えて行動しないといけない。
それが前聖戦を生き延びた、自身の担うべき役目だと理解している。
「シャカはどうしたんじゃ?護衛の任は、シャカがしていたはずじゃが……」
「ああ、シャカなら海界の方に書簡をもっていかせた」
まるでごく自然に答えると、童虎は驚いたように口を開いた。
それを見て、少し間抜け面だなと場違いなことを考えた。
「なんじゃ、その書簡の任務は護衛の任を解いてまで、シャカが行かなければならぬ任務だったのか?」
「……シャカは、巫女に好意を寄せていたのだ」
「別に良いではないか……ん、もしやシオン……それが気に食わぬから、シャカを護衛の任から外したのか?」
童虎の言うとおりだったため、心なしか気まずくなり、思わず視線を逸らしてしまう。
その反応で童虎は気づいたらしく、頭を痛そうに抑えると、これみよがしに溜息をついた。
「いったい何をしておるんじゃ……」
「別にシャカでなくとも、巫女の護衛は黄金であれば問題が無い」
童虎は何かを察したらしく、どこか引きつったような表情でこちらの方を見てくる。
気まずさをかき消すように、思わず童虎を睨みつけてしまうが、童虎は気にしていない様子だった。
「のう……もし、もしじゃが……わしが断ったら、どうするつもりじゃ?」
「他の黄金聖闘士に命じるだけだが?黄金は12人いるのだぞ、空いている黄金聖闘士に問答無用で命じる」
童虎には長年の友として頼みに来たのであり、それ以外の黄金聖闘士には教皇として接するに決まっている。
当然のように言い放すと、童虎は何かを諦めたらしく、椅子に深く座り直し、天井を仰ぎ見るように溜息を零した。
「はあ……わかったわかった。わしが巫女の護衛の任につけばいいのじゃろう?」
「すまぬな、童虎。では明日から頼む」
「ああ、わかったわかった。……そろそろか。シオン、ちょっと待ってくれんか……」
童虎は奥の方から蒸し器ごと持ってくると、嬉しそうににんまりと笑みを浮かべ、持って来た蒸し器を豪快にテーブルの上に置いた。
蒸し器のふたを開けると、暖かい蒸気と食欲を誘う肉の匂いが溢れるように広がった。
「ほれ、ちょうど出来上がったところだ。食べていかんか?」
「そうだな、たまには良いだろう」
出された小皿と箸を手元に引き寄せると、箸を取りさっそく点心を食べてみる。
多少熱いが、厚い生地に肉の味が染みていて、美味といっても差し支えない味だった。
昔と変わらない味が懐かしく思い、昔のようにくだらない話をしながら束の間の時間を楽しんだ。
fin.