□ 調整 □




教皇であるシオンとグラード財団と聖域の今後の予定の調整をしている最中に、女官が慌てた様子で入ってきた。
酷く怯えたように震えている女官を安心させるように、微笑みながら問いかける。

「どうかしましたか?」
「あ、アテナさま……っ申し訳ございません!巫女が……巫女が、脱走いたしました」
「なに、脱走しただと?なぜ、脱走など……」
「まあ……お姉さまが、脱走とは……」

急いで確認の為に部屋に向かうと"インクを買いに行きます"という書置きが律儀に置いてあった。
その律儀さに彼女らしさが垣間見えて、それが彼女の意思だということがわかり、事件性はないと判断する。
呆然としているシオンをよそに、なぜ逃げたのかしらと考えていると、1つだけ思い当たることがあった。

「やはり、缶詰状態がよくなかったのではないのですか?」
「ですがアテナ。急に巫女という存在を作ってしまったゆえに、極一部とはいえ、反対派が存在しています。それを黙らせる目的も含めてあるのですよ。一日でも早く、立派な巫女になっていただかないと……どこでほつれが出てくるのかわかりません」

前聖戦からずっと教皇を務めているシオンは、長年の経験でどういう流れがどういう結果に繋がるということを解っている。
それを知っているからこその発言だと、悟った。けれども、彼女がそれを受け止めれるかの問題なのではと思ってしまう。

「ええ、わかっています。ですが、脱走という手段に走られては意味がありません。せめて週に1日でも休息を与えれば、また脱走をするということがなくなるのでは、ありませんか?」
「それは……そうですが……」

アテナの発言に珍しくシオンが同意しなかった。なおかつ、くちごもる。
その時に気づいた"恐らく彼も私と似たような感情を抱いているのでは"と……。
決して失いたくない存在として、彼女を見ているのかもしれない。
それは親愛か愛情かどちらの分類かまでは解らないけれど、気持ちだけが焦っているのかもしれないと気づく。

「シオン、無理に強制するものではありませんよ。心配なのは、わたしも同じです。ですが、嫌われてしまっては手遅れです」

最後に言い放った言葉が、まるで自分に言い聞かせるように聞こえてくる。
彼女を巫女に立てたのは、自分のわがままのような物で、心根が優しい彼女に付け入っているようなものだと解っているのだから。
少しの間の後に、シオンは頷いた。

「……わかりました。では、週に一日は休みを与えることにします」
「ありがとうございます。では、お姉さまの捜索をいたしませんと……とりあえず、黄金聖闘士を全員収集しましょうか。それから、事情聴取と探索を……」
「それが妥当かと。では、」

シオンが全てを言い切る前に扉を叩く音がした。
もしかして何か進展があったのではと期待して返事を返すと、書類の束を抱えたサガが入ってきた。

「おお、サガか!巫女を見なかったか?!」
「アテナの巫女ですか?いえ、見てませんが……ああ、そういえば少し前に、ムウから小宇宙通信での連絡がありましたが」
「ムウからだと?!余を聞いておらんぞ!ムウはなんと言っておったのだ?」
「巫女の気晴らしに街へ出かけると聞きましたが……」

一緒に出かけると聞いたときに、少しだけ羨ましいという思いが芽生えた。
不機嫌な雰囲気のシオンと戸惑っているサガをよそに、すぐに頭の中で自分の休みを彼女の休みと合わせるように調整しようと考えた。

「あやつめ……なぜ止めなんだ」
「まあ、良いではありませんか。一人で聖域を脱走されるのに比べたら、まだ安全ですから」

黄金聖闘士が付き添っているので、何かあってもある程度のことなら大丈夫のはず、と安心する。
サガの方に視線を送ると、女神として微笑を絶やさずに、穏やかに話しかける。

「では、わたしはアテナ神殿に戻りますので、お姉さまがお帰り次第、連絡をお願いしますね、サガ」
「はっ!このサガ、謹んでお受けします」

ゆっくりとした足通りでアテナの神殿へと、今後のスケジュールの調整を考えつつ戻っていく。
少しして巫女の後を追いかけようとしたシオンと、それを背後から捕まえているサガの二人があまりに騒がしく、早々に戻ってしまうことになるとは知らずに。







- fin -