□ 小さな約束 □



扉が急に開いたかと思うと、扉の向こうから小さな少女が入ってきた。
入ってきた少女は師に会いに来た客の子供で、暇になるといつもここへ遊びに来ていた。
その少女と目が合うと、とたんに胸が高鳴って、苦しくなる。
少女は綺麗な長い黒髪をなびかせて、とても嬉しそうな笑顔で駆け寄ってくる。

「ムウ!見てみて!これね、母さまに作ってもらったの!」

すぐ目の前まで来ると、少女は嬉しそうに手のひらを差しだす。
差し出してきた手のひらを覗くと、小さな花で出来た輪っかがちょこんと載っていた。

「これは……指輪、ですか?」
「うん!花の指輪!素敵でしょ?」

差し出された花の指輪をじっと見つめる。
どう見ても、ただの花で出来た指輪にしか思えなかったので、どう反応したらいいのか困ってしまう。

「あのね、テレビでしてたの!結婚するとき、お婿さんと花嫁さんがお互いの指に指輪をはめて、永遠の愛をちかうの!」
「永遠の愛……」

いづれ聖闘士になる自分とは、遠くかけ離れたもの。
聖闘士になってしまえば、きっとこの少女との距離は遠くなるのかもしれないと思うと、なぜか心がざわめく。

「母さまもね、父さまとちかったんだって!わたしもいつか……素敵な指輪をもらえるかな?それでね、母さまみたいな花嫁さんになるの!」
「だったら……だったら、私が……一人前の修復師になったら、指輪くらい作ってあげますよ」

少女は不思議そうに、何度も瞬きをしながらこちらを見る。
自分でも何を言ってるのか、自分で自分がわからなかった。
ただ、もしかしたら凄く恥ずかしいことを言ってしまったのかもしれないと思った。

「指輪を作るって……ムウがくれるってこと?」

花が開くように、ふわりと微笑んだ。その微笑に、なぜかとても暖かい気持ちが溢れてくる。

「だったら、ムウは花婿さんだね」
「っ……わ、私はっ……」

花婿という言葉に反応してしまい、頭の中でこの少女が自分の花嫁になってしまい珍しく焦った。
否定しないといけないとわかっていても、少女が少し悲しそうに俯くと言葉が出なかった。

「もしかして、いやだった?」
「ち、違いますっ……ただっ、私は……聖闘士に……」
「せいんと……?それは、ムウのお仕事なの?」

仕事と言ってしまえば、確かに仕事かもしれない。
曖昧に頷くと少女はそれを返事だと受け取ったらしく、笑顔になった。

「だったら私、せいんとのムウと結婚する!ね、それだったらいいんでしょ?」
「え、あ……はい」

勢いで頷いてしまった。けれども後悔は無かった。
聖闘士になってもならなくても、きっと自分はこの少女に指輪を作るだろうと思ったからだ。

「あれ……ということは……ムウはお婿さんになるでしょ?だったら……はい!これ!」

少女に花の指輪を渡される。思わず受け取ると、少女が腕を伸ばして手を差し出してきた。
きっと指輪をはめてほしいのだと気づいて、そっと手を取ると指に指輪をはめ込んだ。

「約束だから、絶対に指輪作ってね!私、待ってるから……」

少女が動いた気配とともに、頬に何か柔らかいものが触れた感触がした。
驚いて顔を上げると、頬を薄っすら紅く染めた少女が居る。それが少女からの口付けだと気づいて、顔に熱がこもる。

「はい、約束します。きっと、きっと作ってみせます……その時は……」 その先の願望は、口には出せなかった。必ず幸せになんて、できないことは解っているからだ。
自分と一般人の生きる道が違うことなんて、物心ついた時から知っている。だからこそ、余計に辛かった。
けれどこの約束だけは、彼女に指輪を送る相手が誰であれ、絶対に果たそうと思った。





fin.