□ 思惑 □
アテナと巫女と三人でお茶をしようという話になり、巫女が自ら紅茶を淹れてくれた。
紅茶を一口、口に含むと芳醇な香りが広がり、切なく懐かしい気持ちに支配される。
この味は、とてもよく知っている味だった。やはり彼女は、あの時の彼女ではないかと勘ぐるが、いまひとつ確信がない。
「ほう……なかなかの味だ」
「ええ、香り高くてとても繊細な味で美味しいです。わたし、お姉さまの入れてくださる紅茶はとても好きです」
「この淹れ方は、誰かに教わったのか?」
もしかして彼女に繋がる糸が、確信を得ることができるかもしれないと少しの期待を込めて聞いた。
巫女は少しだけ困ったように微笑むと、首を振った。
「教わったというよりも、小さい頃によく母が淹れてくれて、それで母の動作を覚えていたんです。母が淹れてくれた味を思い出しながら、自分なりにアレンジして淹れてるんです。よく師に淹れていました」
「なるほど。それでこのような味になったのだな」
ふいに目が合った。大木を思わせるような、落ち着きのある濃茶色の瞳。求めていた彼女の瞳とは、全く違う彩色。
いつもそこで迷いが生じる。姿形は全く同じなのにそこだけは違うからだ。それさえなければきっと、混同していただろう。
どれだけ時が経っても忘れることができない存在に、重ねてはいけないと理性でわかっているのに、感情がついていけずにいる。
「本当に、夢のようです」
ティーカップを持ったまま、アテナは夢見るように幸せに微笑んだ。
「何が夢のようなの?」
「お姉さまと、こうしてお茶をしていることが……私にとっては、夢のようで」
かちゃりと静かな音をたてながらティーカップを置くと、アテナは静かに巫女に微笑みかける。
巫女に対するアテナの感情は、親愛に近い絶大的な信頼感にみえる。
自分の持て余している感情に近くて遠いものだった。ただ、失いたくないという思いは一緒だろうが。
「私にとってお姉さまは、心の支えでした。お姉さまが覚えていなくても、わたしは沢山のものをお姉さまからいただきました。人の温かさ、愛情、……そして何より、自分が自分であること」
伏せ目がちにどこか遠くを見つめるその瞳は、きっと遠い昔を思い出しているのだろう。
アテナの言うとおり、巫女になるだけあって彼女はどこか人を惹きつけるものを持っている。
本人が意識するしないにも関わらず、それは良くも悪くも作用することだろう。
「そろそろ巫女として専属の侍女を持ったほうがよかろう」
「そうですね。これからは、巫女としてのお仕事も増えることと思います。ですのでお姉さまには、人を使うことに慣れていただかなければいけません」
聖域内でアテナの巫女という異例にいくらかの不振を持つものも出てきていると聞く。それを抑えるためにも必要なことだと思えた。
それもあるが、自分の居ないところで黄金聖闘士たちと仲良くされると、内心面白くなかった。
巫女があの時の彼女に似ているから、ということなどではなく、ただ単純に巫女の意識がそちらに傾くのがなぜか嫌だった。
アテナは同姓であるがゆえに平気だが、黄金たちは男ばかりだから余計に面白くない。
そんな思考で考えられていることとは露知らず、巫女はアテナの方に驚いて話しかける。
「え、沙織ちゃんには居ないのに?」
「ふふっ、お姉さま。侍女ではありませんが、わたしには辰巳というお付きの者がいます。今は日本でのお仕事を頼んでいますが」
そういえばアテナが日本に住んでいた時にお付きの者が居たことを思い出した。
アテナの身は聖闘士が護るので、もはや不要な気もしたがアテナにもきっと考えがあるのだろうと黙った。
「沙織ちゃんにも居たのね、気づかなかったわ」
「まだお姉さまはお会いしたことありませんでしたわね」
「ええ。沙織ちゃんのお付なんて一度見て見たいわ」
アテナと巫女との会話が長くなりそうだったので、話の横から割り込んだ。
今の目的は、巫女に侍女をつけることを約束させることだからだ。
これさえ達成してしまえば、後はどうにでもなる。
「アテナにも居るのだ。巫女であるお主にも専属の侍女は必要であろう?こちらの方で用意してもよいが、もし気に入った侍女がいるのなら、そちらでも良いぞ?」
とにかく早く侍女を着けて、巫女の動向を把握しておかないと不測の事態に対処できない。
とくに最近は、出かけた後からの事後報告が目立つ。本当なら自分が付き添っていきたいが、立場上そうもいかない。
巫女は少しだけ考え込むと、困ったように微笑みながらこちらに視線を合わせてきた。つい可愛らしいなと思い微笑み返してしまう。
「シオンさま。少し、時間を貰ってもいいですか?」
「うむ。なるべく早い返事を期待している」
親しい侍女がいるという報告は聞いたことが無いので、きっと時間がかかるだろうと判断する。
後で有能な侍女を数人見繕っておこうと考えながら紅茶を口に運んだ。
fin.