□ 先行きの違和感 □



結局、あれからシオンさまはセブンセンシズのことにはそれ以上は触れず、ただの確認だけみたいだった。
その後、海界の話が終わると冥界についての話も始めて、気がつけば日が暮れていた。
シオンさまの提案で夕食を一緒に食べて、夜も深まった頃に、その日はやっと開放された。
シャカに今までのお礼を言ってなかったのを思い出したけれど、もう出発した後だと思って諦めた。

さま、失礼します。あの……これを教皇さまからお預かりいたしました」
「え……これって、修行服?」
「はい。明日は、これに着替えてから闘技場に来るようにとのことです」

渡された修行服は、修行時代に来ていた服よりも肌触りの良い丈夫な生地で作られていた。
これはもしかして、最初に聖闘士候補に支給品として与えられる服と違って、特注品で作られた物じゃないかと気づいた。

「これ……ずいぶんと生地が良さそうなんだけど、もしかして特注品?」
「はい!なんでも教皇さまご自身で生地に手を加えたものらしいです。本来の頑丈な生地に、更に強化が入っていますので、たとえ火の中、水の中、氷の中、でも大丈夫だそうです」
「そ、そうなの」

なんだか凄く嬉しそうに告げるアイカテリネに思わず引きつった笑みを返した。
火の中、水の中、氷の中って……いったいどんな修行をさせる気なのかすごく気になる。
広げてみると、長袖で首元までしっかりと覆われていて、肌の露出をできるだけ最小限に抑えたいという意思が伝わってくるけれど、これで動くと暑そう。

「な、なんだか暑くなりそうな服ね……別に普通の修行服でもいいんだけど……」
「いえ、さま。教皇さまがおっしゃってました……変な気の迷いでも起こす連中がいるかもしれぬからな、と」
「そんなこと言ってたら、女聖闘士なんてやってられないわよ」
「女聖闘士の方々は、闘技場で修行などいたしません」
「いや、まあ……そうなんだけど」

この色々な意味で暑そうな服を着ないといけないなんて、思わず溜息を零してしまう。
なんだかアイネが、だんだんとシオンさまに似てきている気がする。きっと気のせい……気のせいだと信じたい。
それにしても、シャカが護衛の任を外されたってことは、きっと代わりの黄金聖闘士がくるはず。
ムウだったらいいな……と、考えていると、ふいにアイカテリネに名前を呼ばれた。

さま、わたくしはこれで失礼いたします」
「え、ええ。おやすみなさい、アイネ」
「はい。おやすみなさいませ、さま」

アイカテリネは嬉しそうに微笑むと、深く頭を下げて、扉の向こうへと消えていった。
誰が護衛になるかなんて明日になれば解ることだから、深く考える前に寝ようと思い、そのまま綺麗にベッドメイキングされたベッドに潜り込んだ。



**********



翌朝、渡された修行服に袖を通して準備を整えていると、扉を叩く音が聞こえた。
返事をして扉を開けると、扉の前に童虎が居て、顔が合った瞬間に明るく挨拶をしてきた。
ふだんは用事が無い限り五老逢にいるのに、ここに居ることが以外で、思わず呆然と見てしまう。

「え……童虎?あ、おはよう。なんだか、すごく珍しい……」
「なんじゃなんじゃ、わしじゃとちぃーとばかし不安か?」
「あ、そんなことないけど……なんだか童虎に五老逢のイメージがあって、つい……」
「はっはっはっ!いつもは任務がなければ五老奉におるからのう……今回は特別じゃ!」

快活に笑う童虎を見て、別に気を悪くしていないことに安心して顔が緩む。

さま、闘技場まで距離がありますので、そろそろ出立された方がよろしいかと」
「おっと、そうじゃった。あまり遅れるとシオンがうるさいからのう……さて、そろそろ行くとするか」

廊下の方へと進もうとする童虎を見て、自分の髪がまだ纏まっていなかったことに気づいた。
このまま闘技場に行くと、髪がすごく邪魔になる。これはさすがに不味いと急いで童虎に声をかける。

「あ、ごめん!ちょっとだけ待ってもらえる?髪、このままだと邪魔で」
「そうじゃのう、おなごは準備がかかるもんじゃ。わしはことは気にせず、ゆっくりとするが良い」

お礼を言って鏡台に行くと、アイカテリネに手伝ってもらいつつ急いで髪を結い上げ、急いで童虎のところに戻る。
部屋を出る前にアイカテリネに声をかけると、まだ色々と仕事があるらしく、アイカテリネを部屋に残して童虎と闘技場へと向かった。
闘技場へ行く途中、まだ修練中の聖闘士見習いの人たち何人かとすれ違った。
そのたびに、挨拶をして返すということを繰り返していたけれど、ふといつも会う人数よりも多いことに気づいた。

「童虎、なんだかいつもより人数が多くない?」
「う~む。そう言われれば……少しばかり多いような気もするのう」
「でしょう?いつもなら、ほとんど会わないのに……というか、今の時間なら闘技場で組み手をしている時間じゃあ……」

そういえば今から闘技場に行くから、どちらにしても中に入れば解ると考えて気にしないことにした。
でも童虎は何かに気づいたらしく、珍しく顔が少し引きつっていた。

「まさか、あやつ……いや、あやつならやりかねん」
「童虎?あやつって……もしかしてシオンさまのこと?」
「うむ、シオンじゃ。おそらく闘技場でも閉鎖したのじゃろうて」
「まさか……いくらシオンさまでも」

冗談だと思い、軽く笑い流しながら童虎の方を見ると、本気だったらしく真剣な顔をしていた。
珍しく童虎が真剣な顔をしていたので、少しだけ怯んでしまったけれど、すぐに童虎の方に視線を向ける。

「シオンはのう、時々ボケの花を頭に咲かしておるんじゃ。それも特大のボケの花じゃ」
「特大のボケの花……」

まさか年齢のせい?と、かなり失礼なことを考えてしまったけれど、ふと蘇った影響で肉体年齢がかなり若かったことを思い出した。
それも弟子であるムウより、2才は若いと聞いたことがある。
たしか精神年齢だけが異状に高くなっているけれど……たまに肉体年齢が精神年齢に影響してしまうことがあるらしく、以前ならしないような行動をするとか。
以前、ムウが珍しく溜息を零しながら話していたのを思い出した。
それ考えると、もしかして天然という意味合いなのかもしれないと考え込んでいると、童虎に声をかけられた。

「おーい、着いたぞ」
「え、あっ……ごめんなさいっ。ちょっと色々と考え込んじゃって」

気づいたら童虎との距離が少し開いていたらしく、童虎は闘技場の入り口で立ち止まっていた。
急いで童虎に駆け寄ると一緒に闘技場の中へと入った。