□ ささやかな休息 □
気が休まるようにと、シオンさまがお茶を煎れてくれた。
てっきり紅茶かと思っていたら、渡されたカップがなぜか湯のみだった。
受け取って思わず中身を見てみると、それは透き通るような緑色をしていて、微かに深緑のような香りがする。
どうこからどう見ても緑茶で、思わずシオンさまと緑茶を交互に見てしまう。
「シオンさま、これって……」
「ああ、緑茶だ。が好きそうだったのでな、取り寄せてみたのだが……少しばかり種類が多くてな、どれがの好みに合うのかまではわからなんだ……」
たぶんだけど、日本人だから緑茶の方が好きかもしれないと思い、わざわざ取り寄せてくれたのかもと気づいた。
なんだか化粧品とか服とかを送られるよりも、こうした細やかな気遣いの方がなんだか温かい気持ちになって、ずっと嬉しい。
ふと、ムウがミルクで同じ事をしてくれたのを思い出した。こんなところは師弟そっくりで、どこか微笑ましい。
「いえ、ありがとうございます。緑茶は、どれも美味しいから好きです」
「そうか。それは良かった。最近のは、よくがんばっておるからな」
いつもと違う、緩やかなのに嬉しそうな微笑を向けられると、不意打ちのように自然と胸が高鳴った。
誤魔化すように慌てて、お茶を一口飲んでみると、口当たりが柔らかくて仄かな甘みとさっぱりとした清涼感があった。
久しぶりに飲んだ緑茶に、ほっとしていしまい、さっきまでの緊張疲れがずいぶんと軽くなったような気がした。
「ずいぶんと疲れていたのだな、」
「それはまあ、物凄く急いできたので……。でも早く来て正解でした。女官長は、シオンさまの許可を取りに来たところだったんですね」
緑茶をもう一口飲んでから、シオンさまの方に視線を送ると、シオンさまは腕組をして椅子に持たれるように窓の外の方を見た。
「さすがに私もどうかとは思っていたのだがな……話を聞いているうちに、女官長の考えを察してしまった」
「わしはてっきり、狸と狸が化かしあっているかと思ったぞ」
「狸と狸……ふっ、ふふっ」
ふとシオンさまの実年齢と女官長のポーカーフェイスを思い出してしまい、童虎の表現がぴったりすぎて笑ってしまった。
シオンさまは童虎の方に軽く睨むような視線を送った。
「失礼だぞ、童虎。私は狸などではない」
「おぬし、よくああいうやり取りをしておるじゃろう?それを平然とできることが狸と言うんじゃ」
「ふん……童虎、おぬしだとて変わらぬではないか」
「はははっ!そうかもしれぬ。だが、シオンほど上手くはないのう。これは素質じゃろう」
腕を組んで大げさに頷く童虎をみて、つい納得してしまい頷いてしまう。
シオンさまは、それをしっかりと見ていたらしく、目を軽く細め、軽く睨むように見てくる。
「、まさかも私のことを狸だと思っていたのか?」
「い、いえ!言われてみれば……としか」
「はぁ……まったく、いつも私のどこを見ていたのだ。に接しているときは、いたく真面目に接していたつもりだが」
いつもの悪ふざけを思い出してしまい、いったいどこが……と、少し驚いてしまった。
それもしっかりと見ていたらしく、シオンさまの呆れたような視線が突き刺さって痛い。
思わず視線から逃れるように緑茶を飲み始める。
ほとんど緑茶の中身がなくなってき頃、扉を控えめに叩く音がしてた。
シオンさまが返事を返すと、来ていたのはさっき呼ばれたばかりのアイカテリネだった。
「先ほどは、ありがとうございました」
「……なに、気にするでない。ほとんどがしたようなものだ」
「さま、ありがとうございました」
深々と頭を下げるアイカテリネに、気にしないでと首を軽く振ると、安心させるように笑みを浮かべる。
アイカテリネは安心したようで、少し泣きそうな笑みを返してくれた。
「アイカテリネ、ひとつ聞きたいことがあるのだが……アデライードからの話だと、サガに渡った書類はアイカテリネから渡されたものだそうだが……本当か?」
「そんなっ……わたし、そんな書類はお渡ししておりません!」
「そうか……アデライードが嘘をつくとは思えんが……だが、アイカテリネが嘘を言っているわけでもなさそうだな」
「アイネ、アデライードに渡した時に何か違和感とかなかったの?」
女官長は、アイカテリネに渡された書類をサガにそのまま渡したと言っていたし、もしかしたら渡った時にでも何かあったのかもと、ふと思った。
それに女官長は、あの記入された中身を見て、おかしいと気づいていたのかもしれない。
それでも巫女が欲しがっているからという理由で、あえてサガに渡していた気もする。
「違和感ですか?変な所は、とくにありませんでしたが……。あ、もしかして……女官長に書類を渡す時にですが……ついでにと言われて、女官の方に渡された書類の中に混じっていたのかもしれません」
「それだな……」
「なんじゃそれは、怪し過ぎではないか……」
童虎とシオンさまは、呆れたように視線を見合わせていた。
アイカテリネは、自分が追い込まれてしまった原因にやっと気づいて、どこか呆然としていた。
けれどすぐに首を軽く振って、色々と思い出そうとしているみたいだった。
「その……女中をしていた頃は、雑用仕事が多く……女官の方に頼まれごとをされるのは良くあることでした。ですから、いつも頼まれた書類はそのままお渡しておりました」
「え……じゃあ、もしかして誰にいつ何の書類を渡されたのかも、わからないの?」
「はい……。申し訳ありません……」
アイカテリネは、本当に申し訳なさそうにうつむいた。
きっと何の疑いもなく、頼まれたことをしただけなんだと解るぶん、何もいえなくなる。
アイカテリネの性格を良くわかっていて、それを利用しているんじゃないかと思う。
「それにしても、この間の事といい今回の事といい……ずいぶんと姑息なことだ」
「なんというか……何かが見えているようで、見えないところが嫌ですよね……」
「本当にな……だが、何がきっかけであれ、表面化したことはとても重大なことだぞ。……聖域内でおきていることに、このまま気づかなかった可能性の方が高いのだからな」
シオンさまに言われて気づいた、たしかに私が聖闘士として動いていた時は、アテナと聖域を護ることが最優先で、1人で行動をすることが多かった。
あの事で巫女になってなかったら、専属の侍女を持つことも、護衛として黄金聖闘士を傍に置くことも、教皇であるシオンさまの近くに居ることもなかったと思う。
だからきっと、今でも中の歪みに気がつけれなかったかもしれない。
「そういえば忘れておったが、あのお金はどうなったんじゃ?ほら、小遣い名目で支給してたという金じゃ」
「それか……さきほどアデライードに尋ねたのだが、手違いだそうだ」
「手違いじゃと?……なんだかのう、またややこしいことになっておりそうじゃ……」
苦手なものを見た時のように童虎は眉をしかめる。
童虎の気持ちが解ってしまい、思わず苦笑いしてしまう。
「手違いって……いったいどんな手違いだったんですか?」
「本来ならば、支給とされればそのまま渡すものだが、アデライードは巫女が必要な時に範囲内で支給するものと思っていたそうだ」
「え、じゃあ今までの分って……もしかして、そのままなんですか?」
まさか巫女用に支給された物に手を付けるなんて考えれなくて、思わずシオンさまに聞くと、シオンさまは静かに頷いた。
「そうだ。毎月の支給で使わなかった分は、保留分として扱っていると言っていたが……今のところ、ほぼ全額残っておった」
「なんじゃそれは……小遣いの管理みたいじゃのう……」
「アデライード本人は、そのつもりで管理しておったそうだ」
そういえば、今までお金が欲しいなんて一言も言ったことがなかったっけ。
衣食住が保証されていて、生活するぶんは全然問題がなかったから、お金のことを聞く必要がなかったし、ほとんどは頼めば持ってきて貰えたから、困ることもなかった。
でもたとえ勘違いにしても、その件を巫女本人に全く伝えなかったのはちょっとおかしい気がする。
「そうだ、。もう少ししたら、アテナがご帰還なさるそうだ」
「え、沙織ちゃんが帰ってくるってことは……もしかして、連絡してたりするんですか?」
「ああ、今回も聖域内部でおきたことだ。前回の件も考量して、アテナに報告しなければならん……」
正直に言えば、そろそろ汗を流したい。はっきり言って泥だらけで土埃もついているし、お昼抜きでここに駆けつけたから、少しお腹も空いている。
下手したら、お腹の虫が鳴るかもしれない。さすがにそれはちょっと恥ずかしいと思い、恐る恐るシオンさまの方に声をかけた。
「あの、シオンさま?」
「どうかしたのか、」
「えっと、その……そろそろ自室に戻ってもいいですか?」
「別にかまわぬが……そうか、は休憩を入れずにここに着たのか。なら、仕方あるまい」
シオンさまは思い出したように呟くと、すぐに労わるような笑みを軽く浮かべた。
「アテナなら、いつも通り教皇の間を訪ねるはずだ……その間、少し休憩をとってきてもかまわぬ」
「ありがとうございます、シオンさま。それと緑茶、ごちそうさまでした。では、また後で……」
急いで部屋から退出すると、アイカテリネと童虎を連れて自室へと向かった。
部屋の近くまで来て、女官が扉の前で立っているのが目に入った。
そこでやっと、部屋の前にカサンドラを待機させていたままだったのを、今更になって思い出した。