□ 悟り、悟られ □



部屋に入るとすぐに備え付けのベッドにそっと寝かされた。
さっそく治療をするつもりらしく、シャカにうつ伏せにと言われて素直にうつ伏せになる。
腰の辺りに手が触れる感触がすると、少しの間を取って暖かな小宇宙が流れ込んできた。

「私、世話をかけてばかりね……」
「君は聖闘士といえども、本調子ではないのだろう?」

凛とした、シャカ独特の落ち着きのある声が部屋の中で響く。
普段なら、その落ち着くような声で納得していたのかもしれないけれど、今は情けないことばかりでそれどころじゃなかった。
ムウと女官の行動が見てられなくて逃げて、あげくにシャカにぶつかって、そのままシャカのお世話になってるんだから……私はいったい何をしているんだろうって、そんなことばかり考えて情けなかった。

「でも……っ」
「長い間、氷の棺の中に閉じ込められ、さらにはアテナの血も体内に取り入れた。その余波だろう。そう、気にすることもあるまい」
「シャカ……たとえ、本調子じゃないって言っても……それじゃあ、ダメなの。ううん、私が納得できないの」

そんなことは理由にしかならないのを知っているからこそ、今のままだと納得できない。
なんでみんな、黄金は揃いも揃って優しいのだろうと……その優しさに、胸が苦しくなる。

「自分が納得いかない、か……らしいと言えば、らしいが……それゆえに、悩んでしまうのであろう。、君のうちにどのような葛藤があるのかわからぬが、辛いのならば……全て話してしまえばよいのだ。の話なら、このシャカが聞いてやろう。ありがたく、話したまえ」
「シャカ……ありがとう」

最後の辺りがなぜか上から目線で、そこがあまりにもシャカらしくて、くすくすと笑ってしまう。
なぜかシャカと居ると、あまりのいつもとの変わらなさで安心感を覚えてしまう。
ふいに、腰の辺りにあった温かみが消えた。

「これでよかろう。、ゆっくりと起き上がってみたまえ」
「ありがとう、シャカ」

ゆっくりと起き上がって見ると、痛みも何も無い。
軽く上半身を捻ってみても痛みは無くて、完全に直っているのがわかった。

「うん、大丈夫みたい。シャカのおかげで助かったわ、ありがとう」
「このシャカにかかれば、たやすいことだ。それよりも、……君に1つ訊きたいことがあるのだが……」
「いいけど……聞きたいことって……?」

シャカの質問ってどんなものだろうと、不思議に思ってシャカを見ると、思っていたよりも近い距離に居て少し驚いた。
治療のためベッドの隅に座っていたらしく、距離が凄く近い。
端正に整った顔がこちらに向いているけれど、目を開いていないのに、こちらを見ているような錯覚がおこった。

「ムウと、何かあったのかね?」

シャカの一言に、身体がビクリと震える。
どうしてシャカがムウとの間に何かあったと感づいたのだろうと、不思議に思いシャカの方を見ると、シャカは相変わらず涼しい顔をしていた。

「な、なんで……ムウと?」
を見ていればわかる。つい先ほど、ムウを見たとたんに反応していただろう?」

あの時、やっぱりシャカは気づいていたんだと、気まずげに視線を逸らした。
シャカに事情を説明しないわけにもいかず、なにをどこまで話せばいいのか迷ってしまい悩む。

……」

先を促すように名前を呼ばれて、ちらりとシャカを見る。
ムウに愛していると言われたなんて、異性であってムウと同じ黄金聖闘士のシャカには言いづらい。
でもきっと、シャカは話さないと納得してくれないんだろうなってことは解っている。

「その、……えっと……話さないと、ダメ?」
「ダメだとは言ってはいないが……には、離せない事情があるのかね?」

つまりは、事情が無ければ話せと暗に言っている。
どうしようかと悩んでシャカを見ると、静かにこちらを見つめながら話を待っていて、もう話すしかない雰囲気だった。
一瞬、これはいったい何の罰ゲームなのって思ってしまったけれど……諦めて話すしかないと溜息を付くと口を開いた。

「あのね……この間、ムウに……その、愛してるって、言われたの」
「なに……あのムウが……?」

背呈するようにコクリと頷くと、さすがのシャカも驚いたらしく、考え込むように黙った。

「それでね、最初は断ったの。私はアテナの巫女だからって……でもムウは、巫女とかそういうのじゃなくて……私の気持ちを知りたいって。返事は今すぐじゃなくても良いって……私も、こんなこと言われたの初めてで……」

あの時、たしかにムウはそう言っていたはずだったのに……まさか返事をしなかったから気が変わったんじゃあと、自分でも馬鹿げてると解っているのに、そんな考えが頭をよぎる。

「なるほど、君の悩みの種はそこだったのか……」
「ううん、それもあるけれど……シャカにぶつかる少し前にね、ムウと女官が……抱き合っているような、すごく近い距離で何かをしてたの……っ、なんでムウがって思ったんだけど……私を愛しているって言ってたのは、いったいなんだったのって思っちゃって……」

ついさっきのことを思い出して、胸の中が圧迫されたような、もやもやとしたような、苛立ちにも近い嫌な感情が湧いてくる。
自分でもどうすることもできない、こんな感情は知りたくも無かった。苦しいような想いに、薄っすらと視界が滲む。

……なぜ、君は……」
「シャカ……?」

頬に何かかが触れる感触がして、それがシャカの指だと気づいて視線を上げると、シャカの瞳が薄っすらと開いていた。
どこまでも澄みわたるような透明感を宿した、とても綺麗な瞳に吸い込まれるように見つめる。
まるで静かな湖みたいと薄っすらと思いながら眺めていると、不意にシャカが微笑んだ。
あまりにも整った顔で微笑まれて、しかも間近だったせいもあって、心臓の鼓動が早くなって一気に顔に熱が篭ってきた。

「今、ようやくわかった。なぜ、私がを気にしてならないのか……」

何かに納得したらしいシャカはとても満足げに話すが、なにがどう解ったかなんて、もうどうでもいい気がしてきた。
今はそれよりも、赤くなった顔から手を離して欲しかった。
逃げようと少し後ろに下がろうとすると、いつのまにか腰に手が回されていて、それ以上は下がれなかった。
視線だけでも逸らしていると、シャカの金色の髪が視界を掠める。

「フッ。神に最も近いと言われようが……所詮、このシャカも人の子ということだったのか」
「シャカ……いったい」

どことなく、いつものシャカと違うと気がする。
いつもなら、用事が終わればさっさと立ち去るし、不用意にこんなに近づいたりしない。
だったら、なぜシャカは頬に手を添えて、見つめてくるのだろうと考える。
不意に合わさった瞳に、何かが変わったような気がした。