□ 扉の向こう □
ムウがかなり怒っているらしく、纏っている雰囲気が普段と違い冷たい。
もしかして嫌われてしまったんじゃないかと考えてしまい、あまりに怖くて固まってしまう。
それにムウが気づいたらしく軽くため息をして、少しだけ口調を和らげた。
「たしかにとは肌を重ねましたが……そんな目立つ場所に情事の跡を付けた覚えはありません……」
ムウの言うとおり、ムウが付けた跡は服を着込めば隠れるような場所に付いてた。
それにたぶん、ムウは付けた位置を大体は把握しているかもしれない。
そう考えると、ムウに見つかるのは時間の問題だったのかもと思った。
「で、誰に付けられたんですか?」
「こ、これは……」
ムウの師であるシオンさまの名前を言っていいのかどうか悩んでしまう。
なかなか言わないことにムウは苛立っているらしく、ムウの方が先に口を開いた。
「シャカですか?」
「ど、どうしてそこでシャカが出てくるの」
前も同じようにシャカのことで言われたことがあったのを思い出した。
もしかして本人気が付いてないだけで、やっぱり妙なライバル意識でもあるのかしら、と不思議に思ってしまう。
「私が気づかないとでも?シャカがに惹かれていたのは知っていますよ。そしても、多少なりとも惹かれていたでしょう?」
シャカに告白されたことを言っていないのに、どうして知っているのかと驚きつつ焦ってしまう。
そしてなにより、シャカの纏っている雰囲気のせいか妙な安らぎにも似た感覚を抱いていることを見透かされているかもしれないということに、動揺してしまう。
「この際はっきりしてください。はシャカのことをどう思っているのですか?」
「シャカには、はっきり想いには答えられないって……それにムウが好きだってちゃんと伝えてるわ」
ためらいがちにムウの方に少し視線を送ると、先を促すように沈黙を通していた。
すぐにこんな返事じゃなくて、シャカにどんな感情を抱いているのかを聞きたいのだと気づいた。
「シャカは、いつも落ち着いてるから……一緒にいるとなんとなく落ち着くの。でもムウの時は、ドキドキするし幸せな気持ちにもなるし……それにずっと一緒に居たいって思えるのムウだけなの」
「そうですか……」
ムウは少しだけ機嫌が直ったらしく、さっきよりも表情が和らぎ、ずいぶんと穏やかな口調になってきた。
それに少しだけ安心を覚え、無意識に強張っていた身体から緊張が抜けた。
「だったら、それはいったい誰に?」
「こ、これは……シオン、さまに」
驚いたように目を見開いているムウに、やっぱり言わないほうが良かったのかもしれないと、少しだけ後悔する。
以前に仮面の下を見られ、シオンさまと沙織ちゃんに事情を説明した時を思い出した。
あの時の千日戦争をしそうな雰囲気を思い出してしまい、まさかまた似たようなことが起こるんじゃないかと冷や汗ものだった。
思わず、シオンさまを援護しそうな言葉が口をついて出てきた。
「私が隙だらけだからって……」
「よりにもよって……どうして、シオンが……」
ムウにしては珍しく驚いたように狼狽し考えこんだ。
「わからないわ……でも、シオンさまってたまにだけど、その……ちょっとだけ子供っぽいところがあるし、その延長線みたいな感じかなって……」
「子供っぽい?……、よく考えてください。それはにだけですよ。少なくとも私は、そんなシオンを見たことはありません。ああ、そういえば関係の話だと異常に絡んできますね」
多少行き過ぎた感じもするけれど、昔からあんな感じだったから、あまり深く考えたことは無かった。
それに最近のシオンさまは、なんだか妙に熱の入った目で見ているような気がするけれど、童虎のシオンさまの想い人の話を思いだすと、きっと気のせいかもしれないと思えた。
「、シオンには気をつけてください」
「気をつけてっていわれても……シオンさまには立派な巫女になるように色々と教えてもらってるから、ほぼ毎日顔を合わせるのに……。それにシオンさまは教皇よ?」
「教皇だからこそ、巫女であると一番近い距離にいるんです。そのことがどんな影響を与えるかは、わかりませんが注意しておくに越したことはありません」
幼い頃からシオンさまを知っているのに、いったいなにを警戒する必要があるのかまったくわからなかった。
今回のことは、多少行き過ぎた感じもするけれど、あの後なにごともなかったかのように食事をしていたのを思い出して、やっぱり行き過ぎた悪ふざけ程度にしか考えられない。
「考えすぎじゃない?」
「こんな跡を付けられて、いったい何を言ってるんですか」
首の辺りに付いている跡を指で軽く触れると、いきなり抱きしめてきた。
息苦しいくらいだったけれど、ムウの離したくないという想いが伝わってきて、跡を付けられたことに少しだけ申し訳ない気持ちになってしまった。
「ムウ?なんだか、ごめんね……」
「自分の恋人にこんな跡を付けられて、平常心を保っていられるわけないじゃないですか……」
少しだけ拗ねている気がして、なだめるようにそっと抱き返した。
そうするとムウは首筋に寄り添うように肩に顔をうずめてきた。
ムウの髪が頬にさらりと触れ、少しくすぐったい。
「もしかして、不安にさせちゃった?」
「いつだって不安ですよ。誰かに横から盗られるかもしれないと……そんなことを考える時もあるんです」
「ムウ……だったら、ムウに全部あげるから……。沙織ちゃんがね、昨日話してくれたの。アテナの巫女に恋愛を禁じたことはないって……もし子供ができたら、その子は次代の巫女だって」
「それは……つまり」
「うん、」
扉を控えめに叩く音で、誰かが来たことに気づいた。
こんな朝早くにいったい誰が来たのかと思っていると、ムウが扉を開けた。
「朝早くから、すまない。こちらには来ては居なかったかね?」
「ですか?なら居ますが……」
誰が来たのか気になっていたけれど、開いた扉の向こう側からシャカの声が聞こえてきたので、迎えに来たのだとすぐに気づいた。
「シャカ?ごめんなさい、誰も迎えに来なかったから、つい自由に出歩いちゃったの」
「いや、私もが朝早くに起きる可能性を考えるべきだった」
シャカとの話の最中にいきなり扉が閉まり、驚き過ぎて呆然としていると、纏めていた髪を背後から解かれて、ついでと言わんばかりに肩から引っ張られて上を向かされ、軽く口付けされる。
それは本当にあっという間のことで、気づいたころには、優美な笑みを浮かべたムウの顔を目の前にあった。
何をされたのか気づいた瞬間、いっきに心臓が跳ね上がるように鼓動をたてた。
しかもムウの優美さを称えた笑みが眼前にあって、よけいに胸が苦しくて恥ずかしくなってくる。
「目移りは、ダメですよ」
「目移り……?」
目移りの意味は、すぐにはわからなかったけれど、いったい何を言いたいのかがだいたい解った。
たぶん、目移りは余所見をするなってことで……自分だけをみなさいってことだと思う。
いきなり扉がしまったことにシャカが不思議に思ったらしく、シャカの方から扉を開けたらしい。
「?何かあったのかね?」
「えっ……あ、だ、大丈夫。気にしないで」
むしろこれ以上話を掘り返さないでほしかった。
薄い扉1枚隔てたところで何をしていたのかなんて、とても恥かしくて言えないし、ムウのせいで顔が熱を持ってしまったのが自分でもわかる状態だった。
「、また後で……」
「え、ええ……」
幸せそうに微笑んでいるムウに、恥ずかしさもあって少しだけ視線を送ると、その場から逃げるように部屋から出て行った。
シャカはいったい何があったのか、少しだけ気になるようだけれども、何かを察したらしくてとくに何も聞かれなかった。
それに安堵感を覚え、ただ他愛も無い話をしながら12宮を一緒に上がっていった。