□ 蝶と、戯れ □



部屋に戻り、アイカテリネに事情を話すとアイカテリネは急いで服を取りに自室へと戻った。
少ししてアイカテリネは自分の侍女服を持ってくると、おずおずと手渡した。

「あの……さま。こちらで、よろしいでしょうか?」
「ありがとう、アイネ。ちょっと試しに着てみてもいい?」
「はい。ただ、サイズの方が合うのかわかりませんが……」

袖を通してみると、アイカテリネと背丈が似ていたせいもあったけれど、ほとんど違和感はなかった。
でもちょっと胸の辺りが苦しい気がするけど、借りているのに我侭は言えないと思い、結局は言わないことにした。
とりあえずアイカテリネに感想を聞いてみると、アイカテリネは少し首をかしげ、言いにくそうに口を開いた。

さま、あの……気品がありすぎて、とても侍女には見えません」
「そ、そうかしら……いや、でもちょっとくらいは……ほら、髪を下ろしてみるとか……」

結い上げていた髪を解いて、肩の辺りで纏めて横に流してみる。
髪型で雰囲気が変わるってよく聞く話だし、もしかしたらと思ってアイカテリネの方を見てみる。
アイカテリネは少し困ったように、躊躇いがちに口を開いた。

「先ほどよりは、まだ良いですが……でも黒髪が白い侍女服に映えてしまって、目立ってます」
「えー……なんだか、何やっても目だってない?」
「そうですね……。普通の侍女というよりも、まるで女官長クラスの雰囲気を纏っていて、どうしても目だっています」

女官長クラスの雰囲気と言われてしまえば、服装くらいじゃどうする事もできない。
さすがにどうすれいいのか解からなくて、思いっきり悩んでしまう。

「……せめて、髪色や顔立ちが誤魔化せたら、多少は誤魔化しが利くのかと思いますが」
「髪色かぁ……髪染めは町に買い物に行けば、手に入るかもしれないけど……ちょっと行きづらい」

以前、ムウと買出しに行った時のことを思い出す。
あの時、みんなに勘違いされまくって困ったけれど、まさかそのとおりに恋仲になるとは夢にも思わなかった。
いや、でもあの時は結婚していると思われてたわけで……もしかしたら、次は子供のことを聞いてくるかもしれない。
ということは、なるべく話を合わせるために話し合いをしないと……と、そこまで考えて、なんだかとても恥ずかしくなってきた。

さま?……少し、顔が赤っぽい気がしますが……大丈夫でしょうか?」
「えっ!あ……ありがとう、でも全然大丈夫だから。それより、髪色よね……とりあえず、町に買いに行くしかないわよね」
「そうですね……聖域での手配となりますと、色々と情報がもれてしまう可能性もありますので……わたしが買いに行きましょうか?」
「アイネが?でも……侍女が居ないって言うのもおかしいし……」

アイカテリネが居ない間は、たぶん誰かが代わりに来る可能性が高い。
だったらここは自分で買いに行くのが、一番良い気がする。
それに、町で色々と聞かれるかもしれないけど、照れくさくて恥ずかしいだけで、絶対に嫌というわけではない。
とりあえずシオンさまに許可をとって、童虎を連れて行くと話がややこしくなるから、ムウに頼んでみようと決めた。

「ごめん、やっぱり今度の休みに自分で買いに行ってみるわ」
「かしこまりました。何かありましたら、ぜひわたしに言ってください」
「ありがとう、アイネ。その時は、よろしくね」

すぐに着ていた女中服を脱ぐと、いつもの服に着替え、脱いだ女中服は綺麗に畳んでクローゼットの中に仕舞い込む。
シオンさまに会いに行くために髪を纏め上げなおし、鏡で身だしなみを確認する。

「少し、シオンさまのところに入ってくるわね」
「はい。かしこまりました」

部屋から出ると、向かいの部屋に居るはずの童虎に声をかけて、シオンさまのところに向かった。
さっき教皇の間から出てきたばかりだから、たぶんまだ居るかもしれないと考えて行ってみると、もうそこには居なかった。
もしかしてと私室の方を訪ねて扉を叩いてみると、返事が返ってきた。
扉を開けてみると、シオンさまは私室で本を広げて読んでいた最中だった。

「シオンさま?ですけど……今、大丈夫ですか?」
か。別にかまわぬが、どうかしたのか?」
「え、ええ。実は、女中服を着てみたんですけど、纏っている雰囲気が女中じゃないらしくて、目立ってるみたいなんです……」

シオンさまは読んでいた本を閉じると、くすくすと喉を鳴らすように小さく笑った。

「それは、たしかに……の場合、普段から巫女らしくと言っておるのでな。いきなり女中というのは、少しばかり無理がでるかもしれぬ」
「そうみたいで……だから、せめて髪色を変えてみたらいいんじゃかって話になったんです」
「なるほど……それで、髪染めが欲しいというところか」

シオンさまは納得したように軽く微笑み、閉じた本を机の上に置いて立ち上がった。

「はい!だから今度の休みの日に、町に買い物に出かけてもいいですか?」
「それなら、別にかまわぬが……私も「シオン、おぬしは行ってはならぬぞ」」

シオンさまの言葉を遮るように、童虎が入り込んできた。
それに気を悪くしたらしく、シオンさまは童虎の方を軽く睨む。

「童虎、どうしてだ?」
「おぬしは教皇じゃろうが……教皇が、そんな簡単に聖域から出るなど聞いたことがないぞ」
「シオンさま、心配しなくても大丈夫ですよ。ちゃんと黄金聖闘士と一緒に行きますし……」

童虎の言うとおり、教皇がただの買い物に付き添うというのは、ちょっと大げさな気がする。
もしかしてだけど、心配で着いてこようとしているのかもしれないと思った。
けれどもシオンさまは、なぜか憂鬱そうに視線を逸らすと、溜息を吐いた。

は、何もわかってはおらぬ……」
「え……シオンさま、どうかしたんですか?」
「これはあれだのう……、そっとして置くのが一番じゃ」

シオンさまの様子はすごく気になるけれど、童虎の言うとおりそっとして置いた方がいいのかもしれない。
それに外出の許可も貰ったので、このまま部屋からそっと出ても大丈夫のはず。
そう解っていても、すごく落ち込んでいるらしいシオンさまの様子が気になった。

「シオンさま、もしかしてシオンさまも出かけたかったんですか?それなら、少しくらいサガに代理を頼んで……」
は甘いのう……そんなことを言っておるとシオンが暴走するじゃろう」
「え……暴走?」

ふとシオンさまの方を見ると、さっきまでの落ち込みはどこに言ったのかと聞きたいくらいに、幸せそうな笑みを浮かべていた。
あまりの変わりように驚いたように見ていると、シオンさまは立ち上がって近づいてくる。
なんで近づいてくるのか不思議に思っていたら、シオンさまに微笑みかけられた。
つい反射的に微笑み返してしまった。

、シオン……おぬしら、わしのことを忘れておるじゃろう?」
「気の利かぬやつめ……。ここは、この先のことを察して出て行くべきであろう?」
「察するって……なにをですか?」

言っている意味が解らずに、シオンさまと童虎に尋ねてみると、童虎は顔をしかめるだけで何も言わない。
シオンさまは喉を鳴らすように笑うと、艶のある笑みを浮かべた。
視線を逸らそうとすると、逸らせんと言わんばかりに顎を捉え、視線が合うように上を向かされた。
さすがにこれは不味いんじゃと思い、距離を取るように下がろうとすると、いつの間にか腰に手が回されて下がれない。

は、何をだと思う?」
「ぇ……ぁ、ぅ」

問われても、すぐ目の前にシオンさまの顔があるせいで、胸が変に高鳴って答えれない。
なるべく穏便にこの状況から逃げ出したいけれど、恥ずかしさで混乱してしまって頭が動かない。
まるで蜘蛛の巣に引っかかった蝶のようで、体がうまく動かずに身動きが取れない。
そういえば、ムウはクリスタルネットとかいう技を持っているらしいけど……どうせなら、そっちで捕獲されたいと場違いどころか馬鹿なことを考えてしまった。

「これ、おぬしは何をしておるんじゃ」
「ぐっ……」

いきなりシオンさまの頭が右肩にめり込む様に沈んだ。
よく見てみると、童虎がシオンさまの頭を手刀で小突いたらしく、シオンさまの頭の上に童虎の手が乗っかってた。
思わず、この状況を打破してくれた童虎に心の中で感謝してしまった。
それにしてもシオンさまの反応が全くない。いつもなら、童虎に反論するはずなのにとても静かだった。

「あの、シオンさま?大丈夫ですか?……もしかして、打ち所が悪かったとか……」

さっき童虎が手刀を入れた部分をそっと撫でてみる。
別に腫れているわけでもなかったので、不思議だった。

「いや、よく見てみるのじゃ。こやつ、この状況に便乗してに抱きついておる」
「え?!シオンさま?」

言われてみたら、たしかに腰と背中に手を回してしっかりと引っ付いていた。
思いっきり動揺していると、童虎はシオンさまの襟を掴み、思いっきり後ろから引っ張った。
さすがに首が絞まるのを避けたいらしく、シオンさまは童虎に引っ張られるまま後ろの方へと下がった。

「何をする童虎!せっかく堪能しておったところを邪魔しよって!」
「ほう……堪能、とな。やはりわざとしておったようじゃのう。……、用事は終わったのじゃろう?」
「え、うん。もう許可も頂いたし……」

勢いで返事をしたけれど、童虎は返事に満足したように、にっこりと笑顔で答えた。
まあ、何かあっても明日に聞けばいいだけだし、とくに困ることもない。

「なら、そろそろ帰るとするかのう」
「うん。帰りましょうか……すみません、シオンさま。そろそろお暇しますね」
「ああ。別にゆっくりして行ってもかまわぬぞ」
「いえ、あまりご迷惑かけるわけにもいきませんし……」

部屋に入った時に本を読んでいたのを思い出して、やんわりと断る。
シオンさまは少し残念そうに"そうか"と、呟いた。

「むしろ、シオンが迷惑をかけまくったように見えるがのう」
「迷惑?私から見たら、童虎が邪魔をしておったようにしか見えぬ」
「え~っと……そ、そろそろ本当に帰りますね!」

2人とも放っておくと、まったく部屋に帰れる気がしなくて、無理に話を終わらせると童虎をつれて急いで部屋から出た。
さっきまでシオンさまと軽口を叩き合っていた童虎は、今はまったく普通だったので、もしかしてよくあることなのかもしれない。
もうあまり気にせずに、そのまま部屋まで戻ることにした。