□ 二人 □
助かったのはいいことだけど、まだ体の震えが止まらない。それでもさっさとこの場から立ち去りたかった。せめてお礼だけは言ってさっさと帰ってシャワーでも浴びよう。
「あの、ありがとうございます…」
「別に。君を助けたわけじゃないよ。ただ学校の風紀を乱すやつは見逃せないだけだよ」
素っ気無く返事を返してきたけど、今の私にどうでもよかったからそのまま立ち去ろうと思って立ち上がろうとした。けど腰が抜けたらしく立てなかった。風紀委員長も立ち去ろうとしなかったから二人そろって無言でその場にいた。
「あの、行かないんですか?」
「君こそなんでいかないの?それともあのままがよかった?もしかしてそういうのが好みとか?」
「な、何言ってるですか?!そんなわけないでしょう!」
信じられないことを口走らせてきたから思わず睨みつけるように見返した。だから男なんて嫌い、大っ嫌い!
「なに、その目。気にくわないよ」
言うと同時に頭のすぐ横を何かが過ぎていった。たぶん、攻撃されたんだと思う。気がつくと風紀委員長が目の前に居て目が合った。近くに男が居るって思ったら震えがますます止まらなくなってきた。
「ふうん…君、もしかして男が怖いの?その強気の態度って実はカモフラージュでしょ?」
「…っ」
「当たり。まあ、だいたいの想像はつくけどね」
風紀委員長のほんの少し冷たい指がそっと頬を撫でてきた。逃げ出すこともできなくて、怖くて、ハヤテのこととかで頭がいっぱいになってきてだんだんと頭がぐらぐらしてきた。そこでふっとスイッチが切れたように意識が無くなった。
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凄く、懐かしい夢を見た。まだハヤテが生きていた頃の夢で、小さい時からずっと一緒に居ていつも側に居るのが当たり前だった時。犬だから私よりも先に死んでしまうことなんて当たり前なのにそんなことを考えもしなくて。まさか、あんな形で失うなんて思ってもいなかった。ふっと意識が切り替わって夢だったんだって思って目を開けてみると知らない天井があった。
「ここ…どこ?」
「…応接室だよ」
少しだけ起き上がって声がした方を見ると何かの書類を片手に持った風紀委員長が居た。驚いて立ち上がろうとしたら何か私の上にかけてあったらしく床に何か黒い布らしきものが落ちたから拾って見ると学ランだった。
「学ラン?…それになんで私、応接室に居るんですか?」
「君、その格好のまま屋上に居たかったの?」
「格好って…?」
指を指されたところを目で追うと、私の胸元辺りに来た。そういえば服やぶかれてたんだ…え、これってよく考えたら風紀委員長が見てるじゃない?!さすがに恥ずかくて両手で必死になって隠す。
「別に隠すほど恥ずかしいものじゃないと思うけど?」
「私は恥ずかしいんです!というか普通は恥ずかしいものなんです!」
「サイズ的には恥ずかしくないと思うけど?」
「…それ、見たってことなんじゃあ…」
「自分で見せてたじゃない」
クスクスと笑っている風紀委員長を見て思わず絶句した。確かにさっきは気づかずにどうどう立ってたけど…ん、ちょっと待ってよ。それって屋上に居た時から見られてたんじゃない?!ああ、もう私ってなんてことを!あまりのショックで思わず頭を抱えて座り込んでしまった。
「ねえ、君。名前は?」
「 」
「ね…。そうそう、風紀委員長っていうのは別にいいんだけど、ちゃんと名前があるから名前で呼んでよ」
「…わかりました、雲雀さん」
雲雀さんの方を見ているとなぜかこっちの方をじーっと見ていたから不思議に思っていると向こうが口を開いた。
「って…去年くらいまで髪伸ばしてなかった?」
「髪ですか…?」
今は肩にやっとかかるかくらいの髪の長さだったけど、去年までは確かに長かった。墨を溶かしたような黒い髪で、光に反射してとても綺麗ってみんな褒めてくれたっけ…。だから腰くらいまで伸ばして小さな目立たない髪飾りで留めてた。
「伸ばしてましたけど…なんで知ってるんですか?」
「会ったことあるからだよ…君は忘れてるかもしれないけどね」
去年なんて一学期しか行ってないからほとんど覚えてない。雲雀さんに会ったとしても、たぶん風紀委員長で不良の頂点に立ってる最強の人なんてこと知らずに会ってるはずだし。
「ごめんなさい、覚えてないです」
「そう…別にいいけどね」
ふと外を見るとかなり日が落ちていた。応接室の方は電気をつけていたからあまり暗いって感じがしなかったけど、たぶん5時は回ってるだろうなぁって思った。そろそろ帰らないと。あ、学ランも返さないと。
「あの、そろそろ帰ります。学ランもありがとうございます」
「ちょっと待ってよ。そのまま帰るつもり?それって襲ってって言ってるのと大して変わらないよね」
よーく考えたらそうかも。さすがにこの格好はヤバイかもしれないし、これじゃあただの露出狂と大して変わらないかも。どうしようこれじゃあ帰れないじゃないって思いながら止まっていたら後ろからため息が聞こえた。
「それ着ててもいいよ」
「え…あ、ありがとうございます。じゃあ、わたし帰りますね」
「そう。なら一応送っていくよ」
手に持っていた書類と机の上にあった書類を別々にまとめて引き出しの中に放り込んで立ち上がった。私はその時になってカバンがないこと気がついて辺りを見渡して見た。
「なにぼさっとしてるの、帰るよ」
「あの、私のカバン知りません?」
「ああ、これのこと?」
いつの間にか雲雀さんが握っていた。いつのまに握っていたのかわからなかったけど、これで安心して帰れる。
「ありがとうございます。私ったらすっかり忘れてて…」
「べつにいいよ。一緒に落ちてたからどうせ君のだと思って持ってきただけだしね」
雲雀さんはカバンを私に渡すとさっさと先に進んでいった。私はその後を小走りで追いかけてなんとか追いついた。日もほとんど沈んで薄暗くなった校舎の中を一定の距離を保ちつつ雲雀さんと進んでいった。
「君ももっと注意しなよ?狼なんてそこら中にいるんだから」
「そうですよね…」
今のところ一番の狼さんは雲雀さんに見えたなんてとてもじゃないけど言えなかった。結局、何を話したらいいのかなんてわからなくて家に着くまでずっと苦笑いをして返事を返してた。