□かえりみち□



あれから黙々と作業をして、やっと最後の一枚を終わらせた。心の底から「やっと終わった~」といいながら軽く首を回して背伸びする。外を見ると日はすっかりと落ちていてかなりの時間を費やしたことに気づいた。

「ご苦労様。それで今日の分は終わりだから」
「じゃ、じゃあもう帰ってもいいですよね?外もずいぶん暗くなっちゃったし…」
「うん、いいよ。ちょっとまってね」

雲雀はサイン済みの書類をまとめあげると、無造作に机の中に放り込んだ。それをじっと見ていたに視線を一度だけ向けると「帰るよ」と言って応接室の電気を消してさっさと部屋から出ようとする。慌てて後ろから追いかけると、部屋を出たと同時に扉を閉められて鍵をかけた。階段を下りると雲雀が「先に正門で待ってて」と告げてどこかに行った。結局、待つしかなくて正門のところに居ると一台のバイクが来て目の前に止まった。バイクにはすごく見覚えのある人物が乗っていた。

「え、あの…恭弥さん…?」
「何?」
「……学生ってバイクの免許取れましたっけ…?」

私の質問に一瞬の空白があったけど、今度はなぜかくすくすと笑い出した。それから、なぜかしてやったりの顔でこっちを向いた。

「僕に不可能はないよ」
「そういう問題じゃない気がするんですが…」
「はい、これ。ちゃんとつけてよ?」
「へるめっと…?これって乗れってことですか?」
「それ以外に何に見えるの?家まで送るから早く乗って」

その時になってようやく送ってくれるってことに気が付いた。でも、それなら早く言ってほしかったなと思いつつ後ろに座り込んだ。
「しっかり掴まってなよ。落ちても責任取らないから」とだけ言うとエンジンをかけてそのまま校舎を出て行った。

「そういえば君の家ってどこあたりにあるの?」
「駅前にある、最近できたマンションです」
「あそこか…飛ばすよ」

そういうと同時に駅前の方向に向かってスピードを上げて向かっていった。急にピッチをあげるから掴まっている手にも力が入っていった。
ぎゅっとしがみついてふと思った、細い割りに結構引き締まってる…何馬鹿なこと考えてるんだろう私…これじゃあただの変態だ。
そうこうしているうちに気が付いたらマンションの前まで来ていてバイクは止まった。「着いたよ」と声が聞こえたから降りた。

「あ、あの…送ってくれてありがとございます。よかったらお茶でも飲んでいってください」

何言ってるんだろう私…というかこんな時間にお茶って…なんか今日はおかしいかも。そっか、今日は色々とあったから調子が狂っちゃったんだ。
うん、きっとそう。一人で頭の中で色々と思ってたら「いいよ」って返事が返ってきた。そしてなぜか微笑まれた。少しだけ心臓がうるさく音を立てたけど気にせずにエレベータに乗り込むと一番上のボタンを押した。

の部屋って…もしかして最上階?」
「そうですよ?…え、何か変ですか?」
「いや、別に」

エレベータの音が響いて扉が開いた。エレベータから降りて少し行くと広い廊下に一つだけ扉があってドアノブをまわすとすんなりと開いた。
「ただいま」と言って家の中に入ると、バタバタと音がして中から少し幼げな顔立ちの女の人が出てきた。

「おかえりなさい、さまっ」
「さま…?」
「え、あ…口癖みたいなものだから気にしないであげてください」
「あれ…この人は?」

家の中から出てきた人はやっと隣にもう一人居ることに気がついたのか目をぱちぱちとさせている。

「えっと…風紀委員長さんの雲雀恭弥さん………その、今日から付き合うことになったの。あ、こっちの人は桂木 満(かつらぎ みちる)。……お手伝いさんみたいなもの?かな」
「……よろしく」

短く挨拶をする雲雀をよそに固まったまま動かない満。は満を置いてさっさと家の中に雲雀を連れて入っていく。後ろの方から「お付き合いー??!」とか「ということは彼・彼女ってことですか?!」とかの声が響いている。それを無視してリビングに入ると一匹の黒猫が「にゃあん」と言いながら擦り寄ってくる。そっと撫でてあげるとゴロゴロと喉を鳴らせてくる。そっと離れると台所のほうへと移動してお茶を沸かして雲雀の方へと持っていく。

「ごめんなさい。少しうるさすぎですよね」
「そうだね…」
「え、もしかして怒ってます?」
「別に怒ってないよ…それより、あの猫。ずっと睨んでるんだけど」
「あ、あはは…気のせいですよ」

猫を見てみるとほんとに睨むようにじっと雲雀の方を見てる。これ以上怒らせるとなんだか嫌な予感がしたから猫を抱えると違う部屋に持っていってそっと鍵をかけてから、雲雀のほうに戻る。

「ねえ、君…お茶入れるの上手だね」
「あ、ありがとうございます…これでも飲み物を入れるのには結構自信があるんですよ?」
「じゃあ、今日からずっと飲み物がかりね」
「……もしかして私、墓穴掘っちゃいました?」

返事を返さずになぜかまたクスクスと笑うと、の頭の上に手を置いてぽんぽんっと頭を撫でた。その時に、丁度復活してきた満がリビングに入ってきた。

「驚きましたけど、これも青春のうちですね。さま」
「あれ、もう復活したの?」
「はい。あ、雲雀さんでしたっけ?晩御飯食べていきます?」

少しの間の後に「いや、いいよ。もう帰るから」と答えてリビングから出て行こうとするのを見て「下まで送ります」といって後ろから追いかけた。
エレベータを降りてマンションの入り口まで来ると、止まっての方を振り向くと今度を呼び寄せた。近くまで来ると腕をぐいっと引っ張られて思わずしがみつき驚いて上を向くと今度はの額に柔らかなモノが触れた。

「仮にも付き合ってるんだから…ちょっとは彼女らしくしなよ?」

あまりに突然で驚いて固まっていると雲雀はさっさとバイクに乗っていってしまった。後に残ったは額を押さえながらエレベーターに乗り込むと、火照った顔を冷やすために廊下から外をずっと見ていた。