□ おつきあい □
応接室の扉を軽く叩くと中から返事が聞こえたからそっと開けて入ると、やっぱり機嫌が相当悪そうな恭弥さんが居た。がんばって考えてみるけど怒らせている原因にあまり心当たりがないのでとりあえず聞いてみることにした。
「あの、私って何かしましたっけ?」
「別に何も」
「じゃあ、なんで呼び出したんですか?」
なぜかこっちの方をじーっと見てると思ったら、今度は視線を逸らしてため息をついた。少し時間が経って、部屋の中が静まりかってくる。さすがに何か話さないとかなり気まずくなってきた頃、恭弥さんが先に口を開いた。
「は付き合うってことの意味をわかってる?」
「え…えっと…一緒に青春すること?」
「それ…本気で言ってるの?」
「も、もしかして違うんですか?!…満が青春青春っていつも言ってたから私てっきりそんな感じのものかと思ってたんですけど…」
そうえば、みんなよく付き合ってほしいとか言ってたけど…もっと違う意味で言ってたのかなとか今になって思い始めた。そうだとしたらなんだかちょっとだけ悪い気がしてきた。でもよく考えたら私って友達とか全然できない環境にいたから、普通の子達がよく使う意味って知らなくて当たり前だったっけ。
「あの、聞きたいんですけど。付き合うってどういう意味で使われてるんですか?」
「君って馬鹿?そんなことを聞かれることがあるなんて思わなかったよ」
「そんなこと言われても…私って友達ほとんど居なかったし…というか、友達じたいできない環境だったんです。だから普通に使う言葉でも知らないことの方が多いんです」
「ふぅん…だから変なところが多かったんだ」
ものすごく失礼なこと言われているような気がするけど、本当のことだから全然反論できずに「あぅ~」とだけ小さく唸ってみた。
「別にいいけどね…もしかしたらそっちの方が色々と面白いかもしれないしね」
「え…面白いって…?」
「聞きたい?」
質問したとたんに、凄く楽しそうなのになんだか怖い笑顔の恭弥さんを見ているとなぜか背中に悪寒が走った。そう本能的になんだか聞いてはいけない気がする。これを聞くと大変なことになるって感じで。
「いえ!遠慮しておきますっ…というか言わないでください、お願いです」
「そう。別にいいけどね、そのうちわかる時があるかもしれないしね」
あははと笑い、なんとか誤魔化しながら本気でその時がなるべくきませんようにって願った。そういえばちゃんとさっきの言葉の意味を聞いてなかったことを思い出して改めて聞いてみることにした。
「結局、付き合うってなんだったんですか?」
「簡単に言えば恋人同士になるってこと」
「恋人同士ですか………え、こ、恋人?!そうだったんですか?!」
驚きのあまりに凄く大きな声が出たら恭弥さんから「うるさいよ」と言われた。色んなことが頭の中でぐるぐると回っていて、それをなんとか沈めるとだいぶ落ち着いてきた。
「だから満が彼氏とか彼女とかであんなに騒いでたんですね。そっか…そうだったんだ…」
「ねえ、聞いてみたいんだけど…恋人同士って何をすると思う?」
「はい?恋人ですか…?えっと…そうですね」
テレビとかでよく見かける恋人同士って言えば…なんだかよく一緒に居る気がする。しかもお弁当とか作って一緒に食べてたり帰りとかも一緒だったりしてたような気がする。
「一緒によくいますね。お昼を一緒にしてたり、一緒に帰ってたり…あ、あとデートとかもよくしてますよね」
「ふぅん、ちゃんと知ってるんだね。じゃあ聞くけど、って昼頃どこに居たの?」
「え…沢田くん達とお弁当を……」
もしかしてこれっていけなかったのかなとか思い始めた。だってこの話のでいくと私と恭弥さんはお昼を一緒に食べた方がよかったことになるから。ああ、だから機嫌が悪かったんだと今になってやっと気がついた。
「あの…昼休みはごめんなさい。次からは一緒にお昼しましょう」
「いいよ。今度からはちゃんと着てよね」
「大丈夫ですよ、ちゃんときます」
でもこれってよく考えると、確かカモフラージュみたいなもので付き合ってたはずだから恭弥さんの機嫌が悪くなるのって何かおかしい感じがする。あ、きっと本物志向みたいな感じなのかもとか一人で思って納得していた時に予鈴が聞こえた。
「あ、そろそろ戻りますね。次の授業に出ないといけないし…」
「別にいいよ。は休むって伝えてるから、書類整理手伝っていって」
「え、それって最初から私が休むの決定だったってことですか?」
「そうだよ。まあ、どっちにしろ君が昼休みに来なかったのが悪いんだからちゃんと手伝ってよ」
心なしか根に持ってるような気がするけど口に出さずにしぶしぶとソファに座ると目の前に書類の束を置かれた。それを手にとって目に通そうとすると「それとお茶も汲んできて」と言われて立ち上がるといつも通りお茶を汲んでそれを恭弥さんの机の上に置くと作業に取り組んだ。
「言い忘れてたけど、その書類が終わるまで帰れないよ」
「ええっ。これ全部ですか?」
「そうだよ。ちゃんと真面目にしたら終われない量じゃないからがんばってね」
やっぱり絶対に根に持ってるんだって確信した。だっていつもなら終わるまで帰れないってことはなくて、ほとんどはある程度できたら返してくれたから。今度からは絶対にお昼休みだけは来ようと思いながら作業を進めていった。