□ 準備 □
体育祭が近づいてきたある日、A組みだけの会議があるからって言われて行ってみるといつも以上にパワフルな京子ちゃんのお兄さんが黒板の前で叫んでいた。その勢いの凄さに思わず耳をふさいでしまった。
「うぜーっスよね。あのボクシング野郎」
「んなっ!」
隣に座っていた沢田くんがなぜか焦ったように口を開いたり閉じたりしてる。たぶん、何か訴えようとしてるんだなあって思うけど、今はそれよりも沢田くんの向こう側に座っている獄寺くんの話に口を挟んだ。
「うん。いつもより五月蝿いよね」
「おめぇもそう思うか?普通にしゃべれっての」
「そうそう、ちゃんと聞こえてるのにね」
二人で頷いていると獄寺くんの隣に居た山本くんが、少し困った感じに「まーまー」って言ってきた。その間にも京子ちゃんのお兄さんは棒倒しがどうとか言ってる…そういえば棒倒しって何?
「棒倒しって…?もしかしてそのまんまの意味でみんなで棒でも倒すの?」
「あはは、違うよ。総大将が棒のてっぺんに登るんだけど、相手チームの総大将を地面に落とした方が勝ちっていう変則ルールなんだ。まあ、どーせ一年は腕力のある2・3年の引き立てやくだけどね」
「そうなんだ」
どんな感じなのかちゃっと楽しみだなぁって思ってたら、京子ちゃんのお兄さんが急に気合を込めて「だがオレは辞退する!!」と叫んだ。その瞬間、一気に教室がざわめいた。辞退って棒倒しの総大将のことかなって考えていたら「1-Aの沢田ツナだ!!」とまた叫んだ。…それってつまりは、辞退して沢田くんを総大将にするってこと…??!
「沢田くんが総大将!?!?」
「おおおっ!」
「十代目のすごさをわかってんじゃねーかボクシング野郎!」
「は?えっなんで!」
驚いている沢田くんをよそに話が勝手に進んでいってるらしくて、なぜか多数決で決めることになった。普通は一年生にはまかせられないからみんな嫌がるのに極寺くんのさりげない後押しと京子ちゃんのお兄さんの強引さで見事にクラスの人たちを押している。これは完全に沢田くんに決定だなぁって思ったらなんだか少しだけ可哀相に思えてきたから、沢田くんの肩に軽く手を置いた。
「がんばって!応援してるから!」
「ちょ、さんも何言ってんの!」
沢田くんが慌てているうちに京子ちゃんのお兄さんが「決定!!!棒倒し大将は沢田ツナだ!」と声を高らかにして発表していた。ふと沢田くんの顔を見てみると物凄い蒼白な顔になってた。
「は!?うそー!!なにそれ!!!」
「すげーなツナ!」
「さすがっス」
「ビビったっス」
ふと聞き覚えのある声がしたから見てみるとそこには制服らしき服を着たリボーンが立っていた。本当に急に現れるから心臓に悪いのよね。沢田くんのつっこみの後くらいにリボーンに挨拶をすると律儀に返してくれた。
「総大将つったらボスだな。勝たねーと殺すぞ」
「な!!いいから!隠れてろよ!みんなの前で~っ」
沢田くんが慌てて隠すようにリボーンを押さえ込むと、まるで風船の栓を抜いたようにリボーンが飛んでいった。ダミー…?リボーンらしいなぁって思って思わず笑いが漏れたけれどすぐに元に戻した。一応、総大将も決まったことだしそろそろ応接室に行かないとって思って、こそこそと教室を抜け出した。
******
いつもより遅れているけれど、ちゃんとメールで連絡しているから気にせずに扉を叩く。中からちゃんと返事が返ってきてから扉を開けて入った。中にはいつもどおり書類に目を通している恭弥さんが座っていた。
「遅いよ。お茶、ちゃんといれてきてね」
「ごめんなさい、すぐに入れますね」
私ちゃんと連絡入れたんだけどなぁって思ったけど、攻撃されて無いだけましかなで終わった。いつもどおりお茶をテーブルに置いてから書類に目を通そうとしたら、私のする分の書類がなかった。
「えっと、あの…私のする分の書類は?」
「ああ、それならしておいたよ。誰かさんが来なくて暇だったしね。軽く見回りにでも行ってきたら?」
「え、それって…あ、はい!行ってきますね!」
それって…私が来ないから私の分の仕事をしてくれたってことかな?でも余計なことを言ったらいけない気がして、その勢いのまま応接室から出てきた。とりあえず、今日は川の辺りでも見回ろうかなって思って歩いていると京子ちゃんが見えたから走って駆け寄った。
「京子ちゃん!どうかしたの?」
「あ、ちゃん!あのね、さっき沢田くんたちがここに居たんだけどおにいちゃんとどこかに行ったみたいなの」
「沢田くんが?…あ、そうだ!…頼みがあるんだけどちょっといいかな?」
「なに?」
沢田くんががんばれるようにハチマキでも作ってもらいたいんだけど…ちょっとずうずうしいお願いなような気がしてかなり言いにくいいけど、言わないと。京子ちゃんなら沢田くんも喜んでくれると思うし。
「えっと、総大将になった沢田くんにがんばってって意味でハチマキを作って欲しいんだけどダメかな…?」
「ハチマキ…?うん、いいよ!」
「ありがとう!私も手伝いたいんだけど、風紀の仕事があるからちょっと無理なの。本当にごめんね」
「ううん、いいよ!じゃあ私がんばるからね!」
京子ちゃんは駆け出すように走っていった。きっと家に帰ってがんばるんだろうなぁって思ったらちょっとだけ悪い気がしたけど、時間も無いからさっさと川に向かって歩いた。それにしてもさっきから川の方から棒らしきものがあってその上に沢田くんが乗ってるように見えるんだけど気のせい・・・?気のせいじゃないよね?急いでいってみないとって思って軽く駆け足で走っていくとやっぱり棒の上に沢田くんが乗っていてその近くで極寺くんたちが暴れている。まだ話が聞けそうな沢田くんの方に近づいていってみる。
「な、何してるの?沢田くん」
「さん!棒倒しの訓練らしいんだけど…」
「なかなかハードな訓練ね…」
「あ、あはは…」
一段と周りの爆発音がでかくなってきたから少し安全な場所まで離れた。離れると同時に沢田くんの乗っていた棒が川の方に向かって倒れていったのが見えた。大丈夫かなって思って駆け寄って見ると沢田くんが川に落ちいた。
「沢田くん!大丈夫?」
「じゅ、十代目~!!お怪我はありませんか!?」
「大丈夫だよ。ふ、ふぁっくしょっん!!」
さすがに裸同然の格好で川の中に居たら風邪を引きそう…せめて上着だけでもと思って回りを見てみたら、みんなYシャツを着てた。京子ちゃんのお兄さんが下にTシャツを着てるみたい。
「あの、すみません。そのYシャツ貸してください」
「は?おい、こら何をする!」
お兄さんの後ろからYシャツを引っ張って器用に取ると、寒さのせいか震えていた沢田くんにかぶせた。「貸すなら貸すと言わんか」とお兄さんが後ろの方でわめいていたけど無視して沢田くんを川から引き上げる。これで本当に明日は大丈夫なのか心配になってきたけど、リボーンが着いてるしいいかって思った。それよりも先に沢田くんを家に送らないとって思って恭弥さんにメールで「川で溺れていた生徒が居たから家まで送って帰ります」って送ってから沢田くんの腕を引っ張った。
「沢田くん、風邪を引く前に帰ろっか?ちゃんと私が風紀委員として送っていくから!」
「え、ちょ、さん?!」
「まてよ、俺も右腕として十代目をお送りするぜ!」
「支えきれなかったオレもわりーからよ、家まで送らしてくれよ」
「じゃあみんなで沢田くんの家まで行こっか!」
みんなで沢田くんを囲むように、家まで送っていったけど…これってはたから見るとかなり怪しい光景なような気がするって一瞬思ったけど深く考えないようにした。沢田くんを無事に家まで送ると思ったよりも時間が経っていて慌てて応接室に帰った。中には少し不機嫌な恭弥さんが居たけど、そこまで不機嫌ってわけでもなかったらしく「明日の体育祭がんばってよ」と言われた。今日の分の書類をしていてくれてたり、見回りを進めてきたりしたことになんとなく納得してしまった。